コンセプトの背景にあるもの

「見えない世界を感じながら」生きる
「和風ハイジ」のライフスタイル。
 スタイルの奥にある精神とは?!


「和風ハイジ」は、自由で元気で、自然を愛する野生児の象徴のような存在です。
癒されて、自己超越している存在です。
そんな個人が増えたら、世界はもっと住みやすくなる!と私は信じています。

しかし、一方で、人間は「社会的な動物」です。
原始人のような本能だけでは、現代社会では生きてゆけません。
癒されているはずの本家ハイジも、フランクフルトの厳しい環境では病気になってしまいました。


もしもハイジが、フランクフルトでの生活に馴染む努力をし、我慢しながら、鬱の毎日を送りながら
「週末だけは自分らしく!」と健気に生きたとして、周囲の人は喜ぶでしょうか?

フランクフルトの教育形式を、ハイジの特長に合わせて変更できるとしたら、
どのような形態が相応しいでしょうか?

「ハイジのような野生児でも、元気に生きられる社会って、どんなところ?」
何がどうあれば、それが実現できるの?!


以下の文章は、「この要素が満たされるものが作れたら、かなり満足できるなあ!」という
私の個人的な観点を綴ったものです。

これはまだ「問いかけ」の段階であり、「解決策」は朧げなのですが、
これを意識していれば、理想に近いものが出来上がるのではと思っています。

この思いを共有して関わって頂けたら、とても嬉しいです。

働き方

私は「大企業」に勤務した後、「フリーランス」として独立しました。その時の「開放感」といったら、もう最高!でした。「世の中の人全員みんなフリーランスになればいいのに!」と本気で思っていた程です。

しかし「自由」と「責任」は表裏一体。何の保証もなく、自分の替わりもいない立場は、本当に危ういものです。
どっと仕事が押し寄せてきた時。閑古鳥が鳴いている時。そして病気や怪我をしてしまった時。その他諸々、いろんな出来事は起きてきます。

でも一度フリーランスになってしまったら、もう組織には戻れない!「窮屈さと引き換えに、給料と安心を得る生き方」に今さら戻りたくない。でも、泣く泣く、戻らざるを得ない人が沢山いるのも現実と思います。お金が底を付いた時の絶望や焦燥は、命を絶ったり犯罪に手を染めるほど強烈なストレスになっているのも事実です。

翼が折れたハイジは、フランクフルトにしがみ付かなくてはならないのでしょうか…?

「自分のペースで生きることの快適さ」を知ってしまった人。
「努力が報酬として報われる権利」を体得してしまった人。
「与えられた仕事をこなすのではなく、内から溢れる思いを仕事にする喜び」を知ってしまった人。

こういう人たちが喜んで働ける組織。それは・・・・

自分の得意分野に専念でき、弱い部分は人に任せられる組織。
問題を「一人で抱え込めない」「みんなで共有」できる組織。
挑戦できて、失敗を問われない、愛のある組織。

そんな組織なら、ハイジも夢遊病にならずに、喜んで、遊ぶように働けると思うのですが・・・どうでしょうか?

お金

宇宙の基本原則は「等価交換」だそうです。
これは「価値に等しいものを交換する」という行為です。
「利益を乗せる」という考え方は、宇宙の概念にはありません。
100円の価値のものは、100円で交換する。1万円分の価値を有するものは1万円で交換する。ということです。

「価値以上に、余分に受け取る」という行為は、エネルギーの不均等を招きます。宇宙はバランスを取ろうとしますから、余分なものは手放すようなことが起こります。「放蕩息子が生まれてくる」程度ならまだしも、事故や災害、犯罪に巻き込まれたり・・・それは「価値を生み出していないのに、受け取り、しかも溜め込んでいる」という状態から引き起こされる現象だと捉えることもできます。

このように考えると、「価値を生み出す側になること」が「安全に生きるため」に重要だと考えられます。便乗する人ではなく、クリエイターになる必要があります。

これは「価値を生み出す力」のない人には厳しい世界です。
でも人間の本質は「クリエイション」だと言われますので、AIロボットが進化した先に到来する、人間が本質を生きるのに相応しい形態だと捉えられるし、「これから先の時代に相応しい」システムだと思うのです。

障害者

身体障害、知的障害、発達障害、精神障害、等々、いろんな障害があります。
「和風ハイジの楽園生活」の目的が「自己超越」し「創造的」に生きることであるのなら、知的障害者は三次元的には何の生産性もない人になってしまいます。
そして「創造的」「クリエーター」をいう言葉を聞くと、どうしても「芸術家」とか「モノを生み出す人」というイメージに直結している人も多いのではないでしょうか。

私の定義する「創造」とは、「モノ」を生み出すだけではありません。ジョークを言って「笑い」を生み出す、親切にして「笑顔」を生み出す、掃除などで美しい「空間」を生み出す。。。そのような心の「喜び」を生み出す人も「クリエイター」であると考えています。そして、生み出された「価値」を「価値」として認識し感謝し喜べる能力が非常に重要です。認識しなければ、与えることも受け取ることもなく、素通りしてしまうからです。

障害者と呼ばれる人の「オーラ」の波動を見ていくと、彼らは非常にピュアで、まるで空間の浄化装置のように、人間のストレスを取り除く重要な役目をしてくれている、と私は感じています。発達障害に関しては、個性だとか色ん意見がありますが、概ね、「何かの天才性を持っているけれどもコミュニケーションに難がある人」という感じで受け取られていると思います。彼らがうまく才能を発揮できる環境や接し方についても研究されています。身体障害に関しては、バリアフリーも進み、挑戦者として好意的に見る風潮も出てきています。
精神障害については、わかりません。でも、外銀河の人たちなら、何かの解決策を持っているかも知れない。宇宙人との連携は重要な気がします。

障害があろうがなかろうが、彼らがクリエイターであることを認めて評価する組織であることが、宇宙時代に相応しいスタイルではないかと考えています。

「見えない世界」との接し方

「見えない世界を感じながら生きること」は、「見えないものを闇雲に信じること」とは違います。むしろ、疑ってかかったほうが良い場合もあります。そして、一つひとつ確かめながら進むと、自分なりの実力がつき、「信頼できる自分」「確信ある自分」に変容するのではないでしょうか。

自信や純粋さはオーラを輝やかせます。すると、天使や精霊たちから「この人と友達になりたい!」と思ってもらえるようになり、異次元の友達が増えてくるようです。

宗教における「神と人間の関係」は、まるで親子のように絶対的な上下関係と言えますが、「見えない存在」は「神」だけではありません。妖精、天使、精霊など、さまざまな存在がいます。

「和風ハイジ」はおそらく、妖精たちと対等に、友達関係を築いているのではないかと想像します。お互いに尊敬し合い協力し合える関係です。人間の望みを叶えてもらうようお願いすることもあれば、天使側の願いを叶えてあげることもある。異次元の友人の願いを、人間が叶えてあげる、新しい関係です。エルモット村のコンセプト「地上の楽園」は、私の願いですが、私だけの願いではない、と信じています。

在り方

見えない世界の存在たちに、人間社会の「お金」は通用しません。
彼らは「波動の世界」で「エネルギー交換」して生きています。
彼らにとって「お金」に相当するものは、人間が放つ「良い波動」つまり、喜びや感謝などのポジティブエネルギーです。

ハイジは、自然を喜び、活かし、恩恵を受け取りながら感謝して生きています。
お金は交換されてませんが、喜びのエネルギーを振りまいています。
ですから、ハイジはおそらく「花咲かじいさん」のように、森の樹に花を咲かせ、良い果実を実らせ、豊かな収穫を得るサイクルを回していることは想像に難しくありません。

未来の文明を考える時、この「ハイジの延長線上」に人間の知恵を入れていくことが重要ではないかと考えます。
自然を支配するのではなく、自然の中に入れてもらう。森を切り開くのではなく、森に溶け込ませてもらう。

「天変地異」は、人間にはコントロールできないものと考えられています。しかし、自然にも「意志」があるのだとしたら。「動機や理由」があるのだとしたら。その「自然の都合」に人間が合わせる生き方をすることが、「自然と仲良く」、自然を怒らせずに「安心して生きる」ために必要なのではないかと思います。

最近の天災は凄まじい破壊力で、陰謀論では「人工災害」とも言われています。その可能性は否定できません。しかし、それを担当している人間も、天使(悪魔?)に動かされているのだとしたら… 大きな視野に立てば、やはりそれは「大自然の仕業」と言えるのではないでしょうか。

天使や精霊と協力関係にあるハイジには「自然の意図」が理解できる可能性もありますし、意図を汲んで怒りを鎮めることができれば天変地異も回避できるかも知れない。自然と人間が心を合わせた時に、本当の楽園が誕生するのではないかと思います。

万一、災害が起こったとしても、ハイジは助かると予想されます。
「類は友を呼ぶ」という「波動の法則」というものがあります。
物質世界では、この法則はゆるく作用していますが、「波動の世界」にフォーカスして生きるようになると、この「波動の法則」が強力に作用するようになり、ポジティブな人はポジティブな現象が。ネガティブな人にはネガティブな現象が展開されるそうです。「自分は大丈夫」と信じる人は「大丈夫な波長/次元」に同期し、「もうだめだ」と思う人は「だめな次元」に同期する。自分の放つ波動が現象面に直結しますから、おそらくハイジ的な喜びの中に生きている人は、どんな状況も喜び、助かるのではと思われます。

晴れた日には「畑を耕せる〜!」と喜び、雨の日には「本が読める〜!」と喜ぶ「晴耕雨読」スタイルを喜んで実践できる人は、自然に合わせたライフスタイルを既に実現しています。自然を敬い尊重できる人は、人間も尊重できるはず。仕事と生活を時間によって切り分ける「ライフワークバランス」とは逆で「生活の中に仕事がある」スタイル。しかしワーカホリックにならない仕組み、例えば、病気や、個人的な趣味などの事情にも合わせられる、調整可能な、ゆとりある関係性の構築…。
「合理性の追求」ではなく「アクシデントを楽しめる」人が集まる場所。

そんな人が集まる組織ができたら、もうそこは「楽園」と言っていいんじゃないかな?!と思うのです。

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